東北きのこ図鑑
工藤 伸一 著,長澤 栄史 監修,手塚 豊 写真,家の光協会,2009年,272pp,2,800円(消費税別),ISBN: 978-4-259-56261-8
キノコの種類が地域により大きく変わることは菌学会フォーレ等を通し多くの人が実感していることと思われます.私自身も昨年はじめて西日本の観察会に参加した際は,図鑑でしか見たことがなかった沢山のキノコに出会い感動したことを覚えています.今回の東北きのこ図鑑はその点でも,東北地方以外の方も大きな関心を持ち待ち望んでいたものではないでしょうか.
パッと見た時に思うこの図鑑の印象は,とても美しい写真を大きなサイズで掲載しているということでした.図鑑において写真がきれいということはそれだけで手にする価値があると思います.しかし,それだけではなくこの図鑑には実際に中身を見てみると分かるさらなる特徴がありました.それは,顕微鏡的な観点やサイズなどの情報がほとんど入っていないということ,それでいながら新しい分類体系についてのコラムや新種・新産種などの最新情報,現時点で分かっている正しい見分けの観点等が,食毒・調理情報と同じスタンスで豊富に盛り込まれているということです.これには著者のフィールドで“使える”図鑑へのこだわりを感じずにはいられませんでした.そこからは,精度のよい美しい写真を最大の共通言語として,野外でキノコを見つけた全ての人を対象に話をしよう,という姿勢が伝わってきました.しかも新規掲載種については「既に広く認識されている2種を除き少なくとも学会発表されたものを採用している(工藤氏談)」という,あくまで一般化された情報の掲載に努められています.このように,図鑑として大切な役割である“全ての人に共通認識を促す”ということを意識してつくられたであろう東北のきのこ図鑑は,まさに利用者目線の図鑑であるといえるのではないでしょうか.これにより,いままで一般の知識として広まりづらかった新情報も,きちんとしたコンセプトのもと紹介され多くの人に認識されるようになれば,その影響は非常に大きいと考えます.実際に,昨年十勝岳で行われた北海道キノコの会の観察会に参加させていただいた際,今まで名前をつけられずにいたスミゾメキヤマタケ,アカハツモドキがこの図鑑に掲載されていたことで,それらを同定することができました.正直顕微鏡形態や分類群ごとの特徴などにまだまだ疎い新参者の私は,多くの先輩方と共に参加した観察会ではこの図鑑にずいぶん助けられたと思います.そんなこともあり,今後もやはりこの図鑑が沢山の人の共通認識のために使われてほしいと感じています.