粘菌

菌学関係の書評

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更新日 2018-03-28 | 作成日 2007-09-15

胞子

変形菌な人びと たくさんのふしぎ 2003年6月号

越智 典子 文, 伊沢 正名 写真,牛尾 篤 絵,福音館書店, 2003年.40pp,700円.雑誌 15923-06


  大胆なタイトルだ.いったい変形菌な人びと?とは・・・.福音館の「たくさんのふしぎ」は,小学生3年生以上の子供たちを対象とした絵本のシリーズである.毎月,ひとつのテーマをとりあげ,月刊誌として年12巻が発行されている.菌類写真ではお馴染みの伊沢正名氏と絵本作家の越智典子氏とのコンビによる,キノコを扱った通巻127号「ほら、きのこが・・・」(1996年10月刊),蘚苔類を扱った通巻195号「ここにも、こけが・・・」(2001年6月刊),に続く第三弾として,本書は2003年に刊行された.舞台は梅雨の合間の林である.地面にはりつくようにして,何かを探している人びとに出会った「わたし」は,ルーペを通して「小さな彫刻展に迷い込んだ」ような錯覚を覚える.この本を手にとったほとんどの子供たちが,わたし同様,この不思議な変形菌を初めて目にすることだろう.そして,見事な写真に納められた,その色や形の美しさに魅了され,本当にこんなものが野山にいるのだろうか?と外に出て実物を見たくなるだろう.眺めているだけでも十分に刺激的な本なのだ.

  ところが,一方で時空を超えた物語が展開していく.古今東西の学者達が,味わいある挿し絵姿で次々に現れ,これは花だ,いや海綿だとわたしに語りかけてくる.アントン・ド・バリが顕微鏡を持ち出して生活史を詳しく説明してくれ,南方熊楠は動物とも植物ともつかぬ「じつにゆかいな」いきものだと賞賛する.そして,現代の,どこかで見たことがあるような先生が最後に,こう語る.「わたしは変形菌を見ていると,生物を植物・動物・菌類などと単純にわけようとしても,そううまくはいきませんよ,といわれている気がするんです」.作者はただものではない.じかに変形菌に触れて丹念な取材を行う過程で,変形菌とは一体何者なのか,生き物を分けること,分かることとはどういうことなのか,思い巡らされたのだろう.妖しく這い回り,楽しげな子実体を作っている変形菌たちの傍らで,夢中になって,その虜になっている「変形菌のふしぎに魅せられた人たち」-“変形菌な人びと”に,作者の眼差しは注がれていたのだ.読み応えのある大人向け絵本としてもおすすめしたい.

  作者のことばに代わり巻末には,作者と同棲しているという変形体からのご挨拶がある.この変形体君の好物は,次のどれか?1)ヨーグルト,2)かびの生えた木片,3)豆腐.答えは,どこかで見たような気がする先生の正体とともに,巻末でそっと教えてもらえる.

  日陰の住人たちの写真を次々に手がけられてきた伊沢氏の,次のターゲットは「カビ」とのことだ.昨年から,越智・伊沢コンビの手による,「たくさんのふしぎ」第四弾が準備段階に入った.主人公のカビが大活躍だという.とても楽しみだ.

(評者 出川 洋介

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