菌学関係書籍の書評(評者 中島 千晴)2
Studies in Mycology 65:Highlights of the Didymellaceae: A polyphasic approach to characterise Phoma and related pleosporalean genera.
M.M. Aveskamp, J. de Gruyter, J.H.C. Woudenberg, G.J.M. Verkley, and P.W. Crous. 2010年, 64pp, 40EUR
Phoma属菌は主に植物葉に斑点性の病害を引き起こす寄生菌であり,食品や住環境からもよく分離される.形態は単純で,数層の分生子果中にフィアライドから無色単胞,円から円筒状の分生子を形成,属内には3000のタクサが収容される.同定は困難で,植物病害の診断では,しばしば培養性状とNaOHの呈色反応による簡易分類でPhoma sp.ないし比較的宿主範囲の広いP. exiguaとされる.Boeremaら(2004)は形態的特徴と培養性状に基づき複数の節(セクション)に分割することを提案し,異名表,図版とともにPhoma Identification Manualとして出版した.しかしながら,その節は分子系統データに基づいておらず,複数の視点,すなわち,形態,培養性状,複数遺伝子座の分子系統解析を用いて再検討を行ったのが本書であり,Manualと対をなす文献と言える.重要な結論としては,節は分子系統上支持されないこと,Phoma属と類似菌は複数の科に分割されること,またPhoma属は多系統,かつ一部は側系統群となることが明らかになり,Manualに従い努力すれば生物学的にも均一な一群にたどり着けるという淡い期待は数年で霧消した.また,植物病原菌として便利?なP. exiguaは,新属へ転属再記載されBoeremia exiguaとなった.本書はCBS-KNAWによる出版物で,電子版は個人利用に限って無償となっている.しかし,分類学上重要な変更を含んでいること,実用上Manualと対比させつつ同定を進める場合,色合いや使い勝手から製本されたものを手元に置いておきたい.
これだけの出版物の発行を続けることは容易ではないが,図版の仕上と版組はCBSの図書室司書が,校閲とデザインは所長秘書が業務の合間にパソコンで行っている.Stud Mycol以外の出版物も同様の体勢である.彼女達が優秀であることは間違いないが,日本の菌学関係の出版物について考えさせられる.余談だが私のCBS滞在中,筆頭著者とは席が背中合わせであった.他の共著者と共にPhoma-Boysと呼ばれCBSでは数少ない!オランダ人研究者である.彼は眉目秀麗,長身の好青年で,極めて合理的だが人情にも厚い,私の持つ蘭人のイメージは彼に代表される.
(評者 中島 千晴)