菌学関係書籍の書評(評者 森川 千春)
新・土の微生物(10) 研究の歩みと展望
土壌微生物学会編,B5版 210頁 博友社 2003年発行 定価 本体2,300円+税 ISBN4-8268-0192-0
“土壌の微生物に関する試験研究の展開と農業技術への寄与を目的”として設立された土壌微生物研究会が1966年に出版した単行本「土と微生物」, その改訂版として1981年に出版された「土の微生物」,そして研究会は学会となり,2回目の改訂版として「新・土の微生物」は全10巻シリーズとなった.各巻の副題をみると,(1)耕地・草地・林地の微生物,(2)植物生育と微生物,(3) 遺伝子と土壌微生物,(4)環境問題と微生物,(5)系統分類からみた土の細菌,(6)生態的にみた土の菌類,(7)生態的にみた土の原生動物・藻類,(8)土のヒト病原菌類,(9)放線菌の機能と働き,と土壌微生物を多岐に包括的に扱った,他に例を見ないシリーズであり,その最終巻として,(10)研究の歩みと展望,が出版された.土壌微生物研究の歴史を一冊の成書とした初めての試みである.総説的な記述は避けられ,平易で親しみやすいものになっているが,文脈に沿った引用文献も網羅され,総説としても活用できるものである.
ひとつ欲を言えば,人名の表記は科学的総説の例にもれず,原語表記に発表年が続いているが,本書の場合, 専門的なことは既刊9巻にまかせて歴史書として割り切り,人名のカタカナ表記,生(没)年の表記などがなされれば,専門外の読者,科学史を学びたい読者にもより親しみやすいものになったのではないかと思う. 各章の構成は, 第1章 土壌微生物・土壌病害研究の歩み 第2章 土を住家とする細菌の探求 第3章 乾土効果からバイオマス研究へ第4章 土壌病菌生態研究草創期の道しるべ 第5章 生物防除研究の歩みと21世紀での役割 第6章 根圏と根圏微生物 第7章 フザリウム病菌の生態 第8章 リゾクトニア属菌の分類・生態的研究の歩み 第9章 窒素はどこからきたのか? 第10章 水田土壌の微生物学となっている. 第1章で微生物の発見から始まる研究の歴史全体を概観することで,第2章以下の個々のテーマを結びつけることに成功していると思う.植物病理学者がパスツールに先立って自然発生説を否定する知識を有していたこと, 土壌微生物学と火薬の関係などのエピソードもあり興味深い.
本書を読んでおおいに(危機感も交え)共感したのは土壌微生物を生態系のなかでとらえ群集としての構造を理解することの重要性である.近年の生理学的,分子生物学的な手法の急速な発達により,特定の菌,個々の菌に関する研究の進展は目覚しいものがあるが,微生物のネットワーク(生態系)を理解する(第5章),微生物的平衡(第4章,第7章),を明らかにすること,から遠ざかっている傾向がある.今,まさに微生物を群集として捉えた研究へと向かう必要がある.これは,ロザムステッドの研究者の生み出した“土壌ポピュレーション”の概念であり(第1章),Garrettが試みた生態的な文脈の中で考察する(第4章)ということに回帰するのではないか.
さて,菌学の現状はどうであろうか.フザリウム病菌 (第7章),日本人研究者が大きく寄与したリゾクトニア属菌の分類・生態(第8章),など,特定の菌(群)に関する研究蓄積は大きいが,土壌糸状菌を生態のなかでとらえたGarrettも,植物との関係を中心に据えており(第4章),腐生菌を含めた土壌全体の生態系を対象にしているとは言えない.
土壌生態系の中での機能の解明は細菌(第2章)のほうが進んでいるのではないだろうか,また植物との関係からみた根圏微生物(第6章)も細菌に関するものが主である.土壌細菌群集の研究史を概観しながら,土壌糸状菌群集研究の展開におもいをめぐらすのもよい.
シリーズ最終巻ではあるが,まず最初に読んでいただきたい巻である.
(評者 森川 千春)