菌学関係書籍の書評(評者 升屋 勇人)5
Studies in Mycology 52: Phylogenetic relationships and morphology of Cytospora species and related teleomorphs (Ascomycota, Diaporthales, Valsaceae) from Eucalyptus
Gerard C. Adams, Michael J. Wingfield, Ralph Common and Jolanda Roux 著,2005 年,147pp, 55,00 ユーロ. ISBN-10:90-70351-57-9
近年,分子データも含めた分類群の再編,再検討が急速に進められている.特に経済的,生態的に重要な菌類の分類については非常に急速に進んでいるため,常にその分類の動向を見守る必要がある.オランダのCBSが出版するStudies in Mycologyは様々な菌類のモノグラフをコンスタントに世に送り出す重要な出版物であり,ここでいうまでもなく,多くの文献で引用される.そのため,毎回チェックは欠かせないが,52号は樹木寄生菌を扱うものに限らず,子嚢菌研究者にとってはチェックすべき内容であろう.
Studies in Mycology 52はユーカリ属から見出される Cytosporaの分類と系統解析についてのモノグラフである. Cytospora属菌は有性世代にValsa属を有する樹木に枝枯れ,胴枯れを引き起こす重要な樹木病害であり,シノニムを含めて今までに548種が記載されている巨大なグループである.1985年にSpielmanが北アメリカ産種のモノグラフを世に出して以降,本属を包括的にまとめた論文は出ておらず,また他の地域の種類についても十分には報告されていない.そのため分子と形態のデータ両方を取り込んだ再整理は今まであまり進んでいなかった.このグループの分類に果敢にも取り組んだ成果がこの論文である.
本論文は,ユーカリから分離される種類に限定してはいるものの,様々な側面からの厳密な形態観察を行っており,一見して形態的に非常に類似することから同定の難しい各種の差異を明確にすることに成功している.結果的に12種類の新種記載を含み,それらの系統関係もDNA解析から明らかにしている.さらに,きれいな図版はその特徴の理解を十分に助けており,形態を図示する際の手本にもなる.また,形態的特徴を示す新しい用語を提案していることから,他の宿主上におけるCytospora 属の分類を今後発展させる上で重要な基礎になるだろう.
日本に生息していないユーカリ上のCytosporaに限定したモノグラフであることで,特に必要性を感じない人も多いかもしれない.実用的なレベルでは確かに必要はないかもしれないが,実際には新知見や新たな分類学的取り扱い以外に,本論は形態,分子,培養性状などの情報を駆使した特徴づけを丁寧に行っている点は,今後モノグラフを作成したい人の手本にもなるだろう.また冒頭の部分では本属の生態,形態的特徴をレビューしており,本属について学ぶ際,最も新しい知見が含まれている.
筆頭著者であるGerard C. Adams博士はミシガン州立大学で樹木寄生菌の研究者として,その生態学的研究を以前から行ってきた.その研究対象となる分類群は非常に幅広いが,特にLeucostomaに関する論文をいくつも出している.ただし,分類学的な論文は多くない.おそらく著者にとっては初めてのモノグラフであろう.本論文を眺めていると,生涯に一度はある分類群について包括的にまとめたものを世に送り出したいという気持ちにさせられる.
(評者 升屋 勇人)