菌学関係書籍の書評(評者 橋本 靖)
きのこの下には死体が眠る!? 菌糸が織りなす不思議な世界(知りたい!サイエンス57)
吹春 俊光 著,技術評論社,2009年,232pp,1,659円,ISBN: 978-4-7741-3873-2
研究室に配属が決まった各学生諸君と共に,適当な卒業論文のテーマを決めるのは,なかなか難しいことである.多くの学部の学生は,菌類についての学術的な基礎知識はほとんどない上に,植物や動物のように容易に実物を観察出来るわけではないので,研究テーマといってもなかなか思いつかないことも多い.そのため,研究テーマ思考の起爆剤のひとつとして,菌類に関する入門的な本を読んでもらうようにしている.その際に勧める本をいくつか手元に置いているが,菌類に関するフィールドを中心とした基礎研究に関する入門書は決して多くない.その観点から言って本書は,きのこもしくは菌類の分類や生態などに興味を持ち始めた一般の方や学部学生の方に,現在,真っ先にお勧めしたい本である.
本書の表紙は,タイトルに「死体」という単語が含まれ,頭蓋骨の写真使われているため,いくらかダークなイメージを醸し出しているが(飛行機の座席で読もうと取り出した際に,隣の席の方から怪訝な目線を向けられました),その内容は,著者のきのこに対する深い愛情が溢れた読みやすい文章と,見やすいイラストで構成されている.本文で著者は,「私は常々,世界を支えているのは,きのこである,と思っており,その真の姿を伝えたいと願っているのだ」と述べられているが,まさに本書からは,著者のきのこ(菌類)に対する深い思いが,伝わってくる.本書の構成は,特にアカデミックな背景の無い方でも理解できるように書かれている.はじめにアンモニア菌という,あまり一般的でない菌類が実は生態系において非常に興味深い存在であることを,研究の歴史を踏まえて解説し,読者の興味をつかんだ後,きのこについての生物学的な基礎情報の解説から,分類・生態・進化などについて最新の情報をふまえて解説していく.ここで紹介される様々なきのこに関するトピックを初めて知る読者は,きっと,きのこ(菌類)の生き物としての魅力について,認識を新たにすることであろう.一方で,これから研究をスタートしようとする者にとって,実際の研究の世界で何がどこまでわかっているとされているのかは,もっとも気になる部分であるが,一般書の場合その辺の頃合いは案外つかみにくいことが多い.読書後に「ほとんどのことがすでに解っているように感じられた」と訴える学生さんも多くいる.本書の場合,文中で多用される「かもしれない」「たぶん」によって現役の研究者のもどかしい思いと,たくさんの未解明な部分の存在が,読者に伝わりやすいように思われて好ましい.また,一般向けの書物で省かれがちな参考文献リストも備えており,ここから興味の深化をスタート出来るようになっている.
読み終えた際に,アンモニア菌の現在進行形の研究の新しい結果についてもっと知りたい,との思いが強くなるが,この辺はこれからの菌学会等での発表を楽しみとするとして,本書は,山中で何日もきのこの下の土を掘ったり,自腹で海外にきのこを取りに出かける熱い思いと,急にイソギンチャクの餌係をやることになる悲哀など,菌類研究者の生態とそれを取り巻く環境を垣間見ることが出来て,自らも元気づけられる思いがした.
今後,本書を研究室や卒業論文テーマを決める際の学生諸君に勧めようと考えているが,少し心配な事がある.きっと,アンモニア菌を対象にしたいと言い出す学生が多数現れそうなことである.魅力的なテーマであるが,これ以上対象を増やしたくない弱小研究室の主宰者としては頭の痛いところである.
(評者 橋本 靖)