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一般社団法人 日本菌学会 - The Mycological Society of Japan

菌学関係書籍の書評(評者 吹春 俊光)2

北海道ハラタケ類の分類学的研究:特にザラミノシメジ属,ツエタケ属,ビロードツエタケ属,フクロタケ属,ウラベニガサ属(Taxonomic Studies on Agaricales of Hokkaido)

竹橋誠司・星野保・糟谷大河(著)古清水進,竹橋睦子(協力),NPO法人 北方菌類フォーラム(企画・発行),2010年3月発行,A4判,ハードカバー,145頁(+索引などの頁が付属),ISBN:978-4-9905010-0-6.

著者の竹橋さんと,私とのつながりは,私が勤務する博物館の標本庫を介したおつきあいである.通常,菌類標本をあずかる標本庫の働きは,新たな標本を収集・受け入れ,整理し,目録を整備・公表し,所蔵する標本が様々な研究に活用できるように常に準備し,要望があれば即座に貸し出すことであろう.千葉県立中央博物館の標本庫は,多くの研究者・アマチュア活動家のご協力により,様々なタイプ標本や,博物館が位置する房総産大型菌類を収集してきた.まだ20数年ほどの歴史しかないが,高橋春樹さん,小林孝人さん,小田貴志さん,水田ゆかりさん,糟谷大河さんなどから貴重なタイプ標本類を御寄贈いただいてきた.様々なタイプ標本があることから,海外からの貸し出し依頼がそれなりにある.また,タイプではないが,同定されたもの,未同定のものをふくめて,特定の属をごっそり貸し出して調べていただくこともある.その中で,本書にも登場する,ある種をめぐるちょっとしたエピソードをここでご紹介しよう.

竹橋さんにも,当館のウラベニガサ属をはじめとする未同定の標本を大きな段ボールにいれて,何箱もお送りしたのである.その結果,多くの標本の名前をつけていただき,本書にも沢山の成果をご紹介いただいたのだが,そのなかに,日本新産種とされた Pluteus magnus というものがあった.該当の標本は,千葉県内で千葉のきのこ愛好家による採集品である.その標本を,2007年に竹橋さんにお送りしたところ,2009年の日本菌学会英文誌に日本新産種として発表していただいた.そしてまもなく,米国クラーク大学から標本の貸し出し依頼があり,1年くらいたった後,標本が返却されてきた.同封された手紙には,分子系統的な検討の結果,日本産標本の形態による同定結果が支持され,その分子系統のデータは,データベースに登録しました,とのことが書かれてあった.

このことは何を意味しているのか.すなわち,標本庫に珍しいものを沢山所蔵しているだけでは,なんにもならない,ということである.とにかく,なんらかのかたちでその存在を公表しなければ,その標本の存在は,無いもの同然なのである.この該当の種類も,採った人は「とても立派なきのこだな」,と思い博物館にもってきたものである.受け取った私は,おなじように「やけに立派だな,こんなものは日本では報告はないだろうな」と,ぼんやりと思った.その時点では,とりあえず,やけに立派な標本,ということだけで,誰にも知られず,標本として死蔵されてしまっただろう.重要なのは,その標本が調査されはじめ,論文というかたちで公表されたことである.竹橋さんにお送りし,調べてもらった時点で日本新産となり雑誌に掲載された.雑誌に公表されたことで認知され,その標本への貸し出し依頼が米国から舞い込み,さらに世界的な範囲で比較検討され,分子系統的に裏付けられた同定となった.このような作業をへて,日本産の大型菌類の種類がひとつひとつ確実にあきらかになっていくのである.もう1点,興味深いのは,千葉県で採集されたPluteus magnusという種類が,マイタケ栽培の廃培地から発生した点である.人為的な環境に発生したこと,日本には千葉県に1回しか発生した記録がないということ,そのことから,もしかしたら外来種の可能性もあるのだ.ただの日本新産種ということばかりでなく,話題は更に広がっていくのである.なにげなく博物館に持ち込まれ,竹橋さんによって調べられた1点の標本は,このような運命をたどっているのである.繰り返すが,標本は調べられ,公表されていくことによってしか,その存在は認知されない.研究活動も同様である.とにかく公表されることが重要なのだ.公表されなければ,標本も研究も,存在しないもの同然である.

今回,本書に収録された種類は52種,見開き片面フルカラー印刷という贅沢さで,全ての種類に線画による顕微鏡図が添付され,属内の分類資料や検索表もついている.こんな贅沢なことは,個人で出版し,実現するしか方法はないだろう.もし,審査というめんどうな約束事がある雑誌に投稿すると,あれやこれや文句をいわれ(その文句にはもちろん正当なものもあるし,まったく的はずれなことを,内容を全然わかってもいない人に言われることもある),白黒印刷で,頁数も限られたものになる.むろん,本書に対しては様々な意見もあるであろう.たとえば,詳しくみていくと,記載は種の記載ではなく,調査された標本1点の記載であるものが多い.それがよいのかどうか意見はいろいろだろう.しかし完全を目指して公表に至らないよりも,どんどん情報を公表し,公の検討の場にもちだし,みなで検討を重ねていくほうが,ずっとよい.それしか方法はない.

今回の,竹橋さんの著書は,個人で,また地方から,きのこ情報を発信する場合のお手本となるようなすばら しい研究資料集であることはまちがいない.すでに米国菌学会のニュースレター Inoculum 61巻4号 87頁に紹介されてもいる.入手希望者は,メール(BXG05024<アットマーク>nifty.com)で,竹橋さんまで(頒布価格:5600円+郵送費実費).

(評者 吹春 俊光)