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一般社団法人 日本菌学会 - The Mycological Society of Japan

菌学関係書籍の書評(評者 安藤 洋子)

北陸のきのこ図鑑

池田 良幸 著,(株)橋本確文堂,2005年.394pp,146付図, 15,000円.ISBN 4893790927.57-2

本年7月,金沢市在住の池田良幸氏の手による,「北陸のきのこ図鑑」が刊行されました.B5版,カラー図版 146p,掲載種1,403(関連記載種を含めて1,526種)の大著です.

本書の価値は,まず第一に同定に役立つということです.ここ数年,地方からの図鑑が数多く刊行され,美しい写真やレイアウトに工夫を凝らしたものが多いのですが,いざ同定しようとすると,写真との絵合わせに頼らざるを得ないものが殆どでした.しかし,本書にはすべての掲載種の胞子図が載っていますし,種によってはシスチジア,担子器,傘表皮など,子嚢菌では子嚢や側糸・子嚢殻図なども載っていて,これが種の同定を容易にしています.このような顕微鏡図を伴った図鑑は,これまで今関・本郷先生による保育社の原色日本新菌類図鑑I・II (1987,1989年)と池田氏の既刊「石川のきのこ図鑑」(1996年)くらいしかありませんでした.原色日本新菌類図鑑が今でも多くの愛好家・研究者の間で重要な文献として使用されているのは,ご承知のとおりです.第二に,本書には,多くの種が新たに記載されていることです.「原色日本新菌類図鑑」,「石川のきのこ図鑑」の後に国内で新たに発見された多くの種ばかりでなく,未記載の可能性がある多くの種に仮称をつけ,その精密な写生画,詳細な記載文,顕微鏡図を載せています.ざっと見ただけでも,仮称で紹介された種がテングタケ科33種,イグチ科30種,ベニタケ科59種と,これまでどの図鑑を見ても載っていなかったきのこを随所に見ることができます.しかもそれらすべての標本が,著者宅や国立科学博物館,(独)森林総合研究所,(財)日本きのこセンター菌蕈研究所などに保管されており,後の研究者がいつでも調べられるようになっています.これは,読者の研究心に大きな刺激を与えることでしょう.

第三に,親切な図鑑であるということです.14ページに及ぶ用語の解説・図説,標本作成法,試薬の調製法と使用法,殆ど全種の和名の漢字表記と学名の意味,食毒,さらに北陸での方言名など,至れり尽くせりです.私にとっては,読み物としても大変興味深く,目から鱗が落ちるものも沢山ありました.さらに最新の分子系統分類の成果にも触れられています.

次に本書について,成し遂げられた仕事の価値を考えてみたいと思います.初めてこの図鑑を手にした時,その重さがずっしりと伝わってきました.きのこの研究を志してから五十余年と氏は巻頭言で述べていますが,その間,氏が積み上げてきた努力の成果がそこにあります.また,氏は,今回の刊行にあたり「多くの人の協力を得た」とも述べています.最も重要な協力者である奥様をはじめ,富山県中央植物園の橋屋誠氏,福井県総合グリーンセンターの笠原英夫氏,富山県中央植物園友の会の栗林義弘氏らが協力者として加わったことで,本書の価値がさらに高められたと思われます.氏が1996年に記した「石川のきのこ図鑑」もコンパクトではありますが,顕微鏡図のしっかり載ったものでした.そのとき氏が,「間違いがないようにとずいぶん注意したつもりでしたが,あちこちに間違いがあって困っています.これらの間違いを何とか訂正して,もっと良いものを出したいものです.」と話されていました.そして,氏はさらに研究を続けられ,本書を書き上げられました.しかし,それでもなお,氏は巻頭言で「思うようにならなかった.」と述べています.この氏の姿勢に触れると,私はいつも宮沢賢治の言葉,「永遠の未完成,これ完成である.」を思い出します.

いずれにしても,本書は,多くのきのこ愛好者・研究者にとって大変役立つことでしょう.そして,私のような地方の1アマチュアにとっては,暗闇を照らす光であり,迷い込んだ森の中で見つけた道標であるといっても過言ではありません.本書を世に送り出してくださった池田氏に心から感謝したいと思います.

(評者 安藤 洋子)