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一般社団法人 日本菌学会 - The Mycological Society of Japan

菌学関係書籍の書評(評者 浅井 郁夫)

第40回特別展「きのこのヒミツ」展解説書 「きのこのヒミツを知るために きのこを見つめたくなったあなたのための手引き」

大阪市立自然史博物館編,大阪市立自然史博物館,2009年,700円,64pp.+口絵4pp.

本小冊子は書名にもあるように,2009年秋に大阪市立自然史博物館で行われた特別展「きのこのヒミツ」の解説書として作成されたものである.一般に「きのこ展」の解説書というと,眺めるだけでも楽しくなりそうな華麗なるきのこ世界が紹介される.ところがこの小冊子,印刷はお世辞にも美しいとは言い難く,華麗なるきのこの姿はほとんど掲載されていない.カラーページは4ページだけで,そこには系統樹とヒダの色で分けたきのこ,胞子の写真しか載っていない.本文中の写真はすべてモノクロできのこの姿は少ない.

ではいったい本小冊子には何が書かれているのだろうか.「きのこを見つめたくなったあなた」のために,どうしたら「きのこのヒミツ」に迫ることができるのかを,痒いところに手が届かんばかりにこれでもかこれでもかと記されている.この小冊子をいくら熟読しても,フィールドで出会うきのこの名前は覚えられない.でも,どの仲間のきのこなのか知る手がかりを得る方法,それを表現することば,きのこのヒミツを解明する技術を習得できる.

『原色日本新菌類図鑑 (I)(II)』(今関・本郷編著,保育社,1987;1989) で,故今関六也博士は「きのこそして菌を学ぶ心」((I) p.287~296),「読者と共にきのこを研究しよう」((II) p.282~285)と,きのこ研究に対する熱い思いを語っている.(I)(II)巻合わせてたった14ページではあるが,ここにはきのことどう向き合ったらよいのか,きのこを学ぶにはどのようにアプローチしたらよいのかについて,実に簡潔に記されている.ところが,では具体的にどうしたらよいのかとなると,はたと考え込んでしまう.総論は語られているが,具体的な各論が書かれていないのだ.本小冊子は,この各論を企図したものである.
「はじめに」には,次のように記されている.

「キノコはどうやって調べたらいいのだろう.なに,単語がちょっとわかれば,あとは徐々に話せるようになるものです.でも,実はそんな旅の単語帳のような,キノコの本があまりないなぁと思ったのがこの本を作ったきっかけです.たいてい図鑑の最初の数ページにはキノコの特徴の見方が書いてあり,最後のほうには研究の方法がかいてあります.でも,たいていは研究者以外には呪文のようにしか見えず,そして写真のないこれらのページは読み飛ばされますよね.この数ページを,がんばって一冊の本にしたいなあという試みで,この本を書きました」.

本小冊子の出版意図はこの一言にすべて集約される.次の4つの章から構成される.
パート1 謎解きを楽しもう-見つけたキノコを図鑑で調べるコツ
パート2 迷宮を楽しむ-調べただけ,わからなかっただけで終わらせない
パート3 自宅顕微鏡観察のための菌類研究メモ
パート4 テーマを持ってキノコを見よう

それぞれの章では細かく表題を立て,「こうしよう」との提案から始まり,ついで「なぜ」とその理由を述べ,さらに「このように」と具体的手順を詳細に述べている.「なぜ」をいま少し掘り下げた方がよいと思われる箇所も散見されるが,読み進むにしたがって,しだいに「きのこのヒミツ」に迫るための具体的な手順を詳細に理解できる構成となっている.

「あとがき」には,この小冊子が「アマチュア菌学入門書」を意図して作られたとある.執筆者らの意図はほぼ成功している.きのことの付き合いかたのノウハウが珠玉のように散りばめられていて,少なくともきのこ研究とはこのようにやればよいのか,と納得できる.ここに書かれたことを忠実に実践していけば,気づいたときにはひとかどのアマチュア研究者になっていることだろう.

入門者にとっての具体的各論として何が不足しているだろう.感じたまま,順不同に列挙してみよう.対象を「ヒダのあるキノコに限定」してしまったために,イグチ類や硬質菌,腹菌類,子嚢菌,地下生菌などの「ヒミツ」解明に必須の「旅の単語帳」があまりない.たちまち腐敗するイグチ類,菌糸型がものをいう硬質菌,完熟個体のほしい子嚢菌,などへの案内が欲しい.胞子の観察には油浸レンズの扱いは避けられない.なぜ油を使うのかについてはコラムに記されているが,ではどこにどうやってどのくらいの量の油をつけるのか,油に気泡が入った場合にはどう対処したらよいのか,事後処理はどのようにするのか,には言及していない.具体的にきのこを知るにあたり,きのこの会に入るという選択枝もあり,そうすれば試薬類も楽に入手できるなど,紹介してもよいだろう.様々な「記載シート」の例示もあってよい.コラムの用語集はやや中途半端で気まぐれの感を免れない.「アマチュア菌学入門書」なのだから,できれば巻末に用語集としてまとまったものが欲しい.さらに,是非とも索引が欲しい.ヒダのあるキノコの「ヒミツ」解明への「旅の単語帳」がよくできているだけに,なおさらそう感じさせるのだろう.

6月14日現在,大阪市立自然史博物館のサイトをみると,本小冊子はほとんど品切れ状態に近い.本小冊子を単なる「特別展のガイドブック」に終わらせてしまうにはあまりにも惜しい.まじめにきのこに取り組みたいと思う人にはバイブルともなり得るテキストなのだから.単なる増し刷りで終わらせることなく,さらに充実を図った改訂版として息の長い出版を期待したい.

(評者 浅井 郁夫)